カウンセラーも届かない、兄弟姉妹だけの「記憶」。

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親の介護、逝去、そして相続の話し合い…… 初老のころに避けては通れないイベントたち。「子」としての役割に奮闘する中で、ふと、兄弟姉妹に対してモヤモヤしたり、ぶつけにくい苛立ちを感じたりすることはありませんか。

「どうして自分ばかり」「昔からあの人はこうだった」

そんな感情が渦巻いてくるのは、あなたが兄弟姉妹と “改めて” 向き合い始めた証のように思います。少しだけ視点を変えてみると、そこには世界で唯一の「同志」としての姿を、お互いのうちに見つけることができるのかもしれません。

別の道を歩み、また「家族」に戻る。

私たちは大人になる過程で、自らの足で立ち、新たなそれぞれの家庭を求め、あえて元の家族から距離を置く時期を過ごしたりします。自分のアイデンティティを見出し、築き、守り続けるために、それは必要だったに違いありません。

しかし、人生の後半戦。親の老いや別れという大きな節目をきっかけに、私たちは再び「兄弟姉妹」として集まることになります。 気づけばお互い、すっかり初老と呼ばれる年齢。

顔を合わせれば、不思議と一瞬で「あの頃」の自分に戻ってしまいませんか。 何歳になっても、姉はどこか凛としたリーダーであり続け、弟は甘えるような、それでいて支えるような顔になる。そんな子どもの頃と変わらない関係性に、ホームに戻ったような安心感と現実との乖離した違和感が混じり合うこともあるでしょう。

カウンセラーにも、超えられない壁がある。

世の中には私のような専門のカウンセラーや相談員がいて、あなたの話に深く共感してくれるでしょう。私たちは、磨いた技術や精神と鍛錬を続ける心をとおして、あなたに寄り添います。しかし、私たちがどれほど努力しても、決して届かない領域があります。

それは、「同じ屋根の下で、同じ親の背中を見て育った」という肌感覚の記憶と、同じ体験をしたという圧倒的な事実です。

  • あの時、家の中を流れていた独特の空気感。

  • 親の機嫌に怯えた夕暮れや、逆に救われた言葉。

  • 理不尽だと思った家庭のルール。

これらを「説明不要」で心底理解し、全く同じ重さの記憶として共有しているのは、後にも先にも、あなたの兄弟姉妹だけなのです。

ぶつかり合うのは「同志」だからこそ。

今、相続や介護でぶつかっているのは、お互いが「家族の一員」として真剣に生きているからこそ。 かつて同じ戦場(家庭環境)を生き抜いてきた戦友のような存在だと思えば、少しだけ、相手への頑なな心が緩みませんか?

もう私たちは、十分に大人になりました。 これまでの人生をそれぞれ全うしてきたからこそ、今なら「あの時はこうだったね」と笑い合い、時には共に嘆き、心を割って話せるはずです。

兄弟姉妹は、ライバルでも他人でもありません。 同じ時代、同じ親、同じ景色を共有してきた、かけがえのないあなたの同志です。

この切実な日々を乗り越えた先で、ふと隣を見たとき。 「いろいろあったけれど、兄弟/姉妹でよかった」 そう思える瞬間が、あなたに訪れることを願っています。

たとえば今日は少しだけ、子供の頃の懐かしい思い出を一つ、思い出してみませんか。忙しい日常のふとした瞬間に、かつての『同志』の笑顔や日常が浮かびますように。

mario brothers

投稿者プロフィール

青木 亮
青木 亮くれたけ心理相談室(名古屋本部)心理カウンセラー 産業カウンセラー
こんにちは。広い空や海の開放感が大好きなものですから、
自分への日々のご褒美には、広い空間の体感かスイーツやお酒少々です。
皆さんの明日が今日よりも、明後日が明日よりもステキでありますように。

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