使う…それがモノが生きるってことだから

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最近、モノの整理・整頓を進めています。その中で、ふと「あぁ、もったいないことをしてきたなぁ」と思う瞬間があるのです。

「高価なモノだから、ハレの日に使おう」
そう思って奥に仕舞い込んだモノは、大抵そのまま存在を忘れ去られます。そして何年後かの整理整頓の時に、化石のように発掘されるのがオチです。

「壊したらいけないから、使わない」
それがモノを大事にすることだと勘違いしていた自分の浅はかさに、「だったら、最初から買わなきゃいいじゃん!」と一人でノリ突っ込みを入れたくなります。

ずっと使い続けてきたスプーンやフォークたち。 まだまだ現役で使えるのに、なぜかずっと、胸のどこかに小さな引っかかりがありました。

ある夜、寝静まったベッドの中で、ふと思い出したのです。 「確か、しまい込んだままの銀食器があったはずだ」と。

このままだと、私が死ぬまで忘れ去られたまま。あの暗い箱の中で、彼らはただただ、永遠に待ちぼうけを食らうことになってしまう。

翌日、引っ張り出してみると、案の定、随分と黒ずんでいました。 けれど、専用のクロスで一拭き、二拭きと磨いていくと、曇りの下からあっという間に眩いばかりの輝きが戻ってきたのです。その美しいこと。

これまで我が家の食事を支えてくれたスプーンたちには「ありがとう」と手をあわせ、そしてリサイクルショップへ…次の新たな役割へ送り出すことにしました。 そして、ずっと眠っていた銀のスプーンたちには、これから私の命ある限り、毎日の食卓に付き合ってもらうことに決めました。

普段使いすれば、傷もつくし、いつか壊れるかもしれません。
傷つく姿も壊す自分も見たくない…というのが本音です。
でも仕舞い込んでおくより、傷つきながらも使われることこそが、モノにとっての一番の幸せであり、「大切にする」ということなのだと思います。モノの傷を感じ続けていくことが、私たちの豊かさであり深みになるのだと思います。

祖父母や親の世代が残してくれた、豊かなモノたち。 私たち人間のライフサイクルと、モノのライフサイクルを上手に重ね合わせながら、お互いに健やかな時間を紡いでいけたら素敵ですね。

銀食器

投稿者プロフィール

青木 亮
青木 亮くれたけ心理相談室(名古屋本部)心理カウンセラー 産業カウンセラー
こんにちは。広い空や海の開放感が大好きなものですから、
自分への日々のご褒美には、広い空間の体感かスイーツやお酒少々です。
皆さんの明日が今日よりも、明後日が明日よりもステキでありますように。

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