私の名前は、とおる(亮)です(くれたけ#261)
ブログにお越しいただき、ありがとうございます。
今月は、くれたけ心理相談室の企画で「名前の由来」について書いてみます。といっても、実は親から由来を直接聞いたことはありません。「お父さんとお母さんで決めたんだよ」とだけ。これが分かっている唯一の事実なんです。
私が生まれたのは昭和42年。当時は祖父母と暮らしていて、世間的には祖父母が命名するのも自然だったようですが、私の両親は「自分たちで決めたい」という強い思いがあったそうです。けれど、具体的にどんな由来や願いがあったのかは、残念ながら教えてもらっていません。
「亮」という字に委ねた願い
というわけで、ここからは親の思いを勝手に想像してみます。
まず、姓名判断の字画については、吉凶入り混じっているらしいので、たぶん深くは考えていないでしょう(笑)。
問題は、使われている「亮」という文字です。この字には、「はっきりしている」「明るい」「誠実」「助ける」といった意味があります。私が生まれた頃、私の家は「長男・嫁・舅・姑問題」という、よくある家庭内のゴタゴタが色濃くあったそうです。そんな環境にいた両親が、子どもである私に何を願ったか。それはもしかしたら、「明るく、誠実」な人生だったのではないでしょうか。ごちゃごちゃした世の中でも、光を見失わない明るい未来を望んだのかもしれません。
親として、ささやかながらも譲れない、力強い願いだったのかな、と想像します。
「とおる」という、響きの選択
さて、想像が一番難しいのは、なぜこの「亮」という字を「とおる」と読ませたのか、ということです。普通「亮」は「りょう」「あきら」「すけ」と読ませるのが圧倒的多数。9割9分、そうなんです。
それを、あえて「とおる」と読ませたのは、もしかしたら「普通じゃ嫌だ」という両親の、ちょっとしたこだわりだったんじゃないかと思うんです。あるいは、響きがなんだか可愛らしく、そしてのびやかな「とおる」という音が好きだったのかもしれません。「亮」の持つ明るく誠実な意味に加え、「とおる」という優しく親しみやすい響きを、私の名前に添えてくれたのかもしれません。
願いは叶い、私は「亮/とおる」に
「はっきりしている」「明るい」「誠実」「助ける」……「亮」に込められた意味合いは、なんだか今の私の人格や生き様と重なっているような気がします。そんな風に生きたいとも思いますから、親の願いは叶ったのかもしれません。そして、愛嬌のある「とおる」でもあるようです。友人たちには「しっかりしているのに、なんか抜けているだよねぇ」と、そのギャップを笑い混じりに指摘されます。そんな関係に私も心地よさを感じます。
両親が名前に込めた願いは、もしかすると、ここまで叶ってきているのかもしれません。あるいは、私がこの名前に引っ張られて、知らず知らずのうちにこの生き方を選んできたのかもしれません。
名前って、最初に受け取る「贈り物」なんですね。そして一生をかけて、知らず知らずのうちに自分のモノになり、向き合っていくものなのかもしれません。カウンセラーという職業にも、なんだかつながってくるような気がします。
投稿者プロフィール

- くれたけ心理相談室(名古屋本部)心理カウンセラー 産業カウンセラー
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