生と老と病と死
草刈り男の、静かなる葛藤
道端に咲く雑草の花を見ては種が生ることを想像し、種を見ればまた雑草が増えると心配する。花を摘む行為に小さく痛む心には、蓋をします。小さな葛藤のお話を書きました。
20年前のホーチミン
愛犬の狂犬病の予防注射を接種しました。そういえばもう20年ほど前、ホーチミンに出張した際、死亡率100%、野犬が普通に街を歩いている、ワクチンはすぐに打てない…そう聞いて恐怖を感じたことを思い出しました。
若者の終活は、優しさあふれる出口戦略
若者が『死』に向き合う…それは今ある『生』を、『死』で終えるまで懸命に全うしようとする力強さ。あるいは、周囲への方々への真摯な優しさ。なんてすばらしいんでしょう。
『NISA貧乏』という言葉に、心を痛めているあなたへ
NISA貧乏と揶揄されたり、問題視されたり。私には、とても賢明で勇気ある方たちだと感じます。どうぞ自分の心に素直に…応援しています。
木が雄々しい。それは不滅でないから
倒木のニュースを最近見かけます。大きな木は不滅…そんな勘違いに気づきます。一本の大木を見つめて、そこに力強さでなく苦しみを見たりします。でもそれを雄々しく感じています。
再び、親と・子どもと、暮らしだす
老いた親と大人の子ども。再び同居する…そこにはお互いを思いやる気持ちがあるのでしょう。同時にそれぞれの事情もあるでしょう。今を幸せに生きる…過去にとらわれないことも大切かもしれません。
目に見えるものが、その人のすべてではないから
弁護士のドラマを観ました。悪が身近な弁護士を、正義を掲げる弁護士は理解できない。前者の弁護士の奥にある思い・考えは複雑。他人に感嘆には理解されない…でも本当はつぶやきたい・叫びたい…そう感じています。
老後の指針、自分だけの答え
老後を自分らしく生き抜くために、その指針を是非みつけてほしいなぁと思います。ここまで生きてきた…それが一番にじみ出るときですから、一番あなたらしさがあふれるときですから。最高の時にしたいですよね。










