”こころおだやか”を望むから、こころがざわつくのだ

辛い、苦しいと感じて人生を歩んでくると次第に、
”こころおだやか”に過ごしたいと、そんな自分になりたいと、
そう願い、そう取組んだりする。

しかし、一日を通して、”こころおだやか”であることはない。

仕事がうまくいかず悔しかった、上司に叱られた、部下に強く言いすぎた、
子どもがいうことを聞かない、パートナーも自分の話を聞かない、
今日一日自分は何もしなかった、親は口うるさい、暑くてもう死にそう…

他人を責め、自分を責め、環境を責め、そんな責める自分をまた責める。
そうして、辛く苦しい思いが積もる。そして、”こころおだやか”をまた望む。

 

ふと、気がつく。

”こころおだやか”じゃなくては、いけないのか。
”こころおだやか”を望むから、他人や環境や自分を責めるのではないか。
責めるこころが、”こころおだやか”を壊すのではないか。

仕事がうまくいかないから悔しいと思ってうつむくことや、
37度もある暑い時に「暑い、もう死にそう!」と思って叫ぶこと、実に素晴らしい。
だからこそ、次の仕事に工夫や努力をして、うまくいったときに安堵し喜べる。
だからこそ、急いでエアコンのある部屋に入って、身体を守れる。

「心頭滅却すれば火もまた涼し」の如く、
ここ一番の時に火の熱さすら感じない優れた精神力にはあこがれる。
しかし、1日中、来る日も来る日も心頭滅却してしまっていたら…
”こころおだやか”かもしれないけれど、生きてはいけないと、私は思う。

海上の紙の船

ストレス学説を提唱した生理学者のハンス・セリエ博士は、こういいます、
「ストレスは人生のスパイスである」と。
またこうもいっています。
「すべてのストレスは、私たちに傷跡を残していきます。でもそれは同じようなストレスに襲われたときに、今度は私たちを守ってくれるのです。」

喜怒哀楽を感じることで人生を深く味わえる、とすれば、
1日中ずっと”こころおだやか”…は味気ないように思います。
また、つらい経験・苦しい経験は同じ出来事の免疫になっているし、
同じような経験をする方に、きっとより深い理解を示せているのでしょう。

心身の健康を維持するために、一定程度の”こころおだやか”は必要です。
つまり、”こころおだやか”になれる時間や場所や人や場面を確保できていれば、
それ以外はこころに波風が立っているほうが、味わい深い人生という見方も成立するようです。

 

心理カウンセラーからの提案です。
こころがおだやかであることを望む場合は、
こころがおだやかになれる時間や場所や人や場面を是非確保してください。
たとえば、
ひとりでいられる場所、信頼できる人との空間、好きな音楽を聴く場面、集中できる趣味の時間。
そうすれば、人生は面白い、味わおうと前を向いて思えると期待します。

投稿者プロフィール

青木 亮
青木 亮くれたけ心理相談室(名古屋本部)心理カウンセラー 産業カウンセラー
こんにちは。広い空や海の開放感が大好きなものですから、
自分への日々のご褒美には、広い空間の体感かスイーツやお酒少々です。
皆さんの明日が今日よりも、明後日が明日よりもステキでありますように。

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