自分を物語る
最期は、優しさも真面目さも要らない
今年を振り返るように、人生を振り返る最期のとき。反省も次の目標も要らない。だから、真面目さも賢さも優しさすら要らない。ただただ自分を抱きしめて、幸せを感じたい。今私は、そのために生きているようにも思います。皆さんはどうですか。
梅の名所・佐布里池。25年変わらぬ私のベストショット
四半世紀前のフィルム写真の中の、幸せそうな妻と1歳の息子。あまりに心に沁みすぎて、誰にも見せたくありません。今度は妻と愛犬の2ショットを、同じ時期・同じ場所(佐布里池)で撮りたいと思っています。
さようなら、ありがとう
23年お世話になった自転車と、とうとうお別れしました。家族との思い出も、いろいろと詰まっています。まだ現役のようで…お別れの言葉の最後に、「元気でね」と付け加えました。
こがねさん(金神社@岐阜市)
金色に輝く鳥居に目を奪われます。やはりお金の象徴のようで、産業繁栄、財宝・金運招福、商売繁盛の神様です。主祭神様は、民のために私財を投じた心温かな女性だそうです。信長公ではありませんでした。
「本来の自分」が顔を出す:カウンセラーのワーク体験
心理カウンセラーのワーク体験期です。本来の自分や生い立ちについて、誰もがある理解をされています。それがもしかすると、違う角度から見直すことができるかもしれません。
20年ぶりに再訪_カウンセラーの原点
心理カウンセリングの学びの中で、20年前に受けた講義を、同じ講師から再び受けることとなりました。様々な思いを通して、時の経過を感じます。教えの中から、奥行きと広がりを感じられるようになった自分に、成長を実感するひと時でもありました。
熱い思いをゆるく語る
熱い感情なのに、その人の前ではなぜか、いつも緩く、なんだか微笑みすら浮かべて振返れる、語れる。その人の持つ安心感がそこにはあるように思います。その人に感謝なんです。
私の名前は、とおる(亮)です(くれたけ#261)
名前の由来、命名者がそこに込めた思い、その名前を名乗り続けて生きてきた道のり…色々と考えるのも、自分を知る手掛かりになりそうです。私の場合はこんなふうです。










