自分の家族の生々しさ…それがたとえ嫌いでも、それに痛めつけられているけれど、不思議なことにそれに支えられて私たちは生きています。そのありがたさを感じるときが、いつかきっと来る…だから、理想の家族なんて求めないで。
忙しい日々を送られているからこそ、充実しているかもしれません。でも時には立ち止まる時間を、自分にも身体にも心にも差し上げてください。充実よりも大切なことも、永い人生にはあることでしょうから。
明日も明後日も来年も、必ず来ると信じている。だから将来の夢を叶えんと取り組んでいる。明日が来ないと気づいたとき、誰かの明日のために取組んでいる。それはみんな、今を生きているあなたのお話。
辛く抱えているものを手放せると、幸せを感じます。でもふと気づくのは、やはり何かを抱える自分、そのおかげでなんとか生きていける自分。
生きること、もがくこと、ほとんど同じ意味かもしれない。そのカッコ悪さがまばゆく映る。
老いてなお、人生は続いていきます。大きな役割を果たした後、改めて次の人生を描きたいものです。そうしてそこに、ステキなものをちりばめていきたいものです。
生き様は人それぞれ。また、その時々に応じて、生き様を変えることもできます。頑なに、かつ柔軟に…。生き方はひとつだけに固定しなくてもいいと思いますよ。
遺す…そこに思いを募らせる。それは、これまでの生き様を、さらに先に進めることなのかもしれません。遺書を書かれた方に感じた次第です。
くれたけ心理相談室のお題「歳を重ねてよかったと思うこと」に応えます。私の応えはつきなみですが、「人間が丸くなること」です。「丸くなる」の意味について、カウンセラー的に考えてみました。
万物に神が宿る…なんとなくわかる気がします。しまい込まれるだけのモノに宿る神様はきっと、「傷ついてもいいから使ってほしい」ってつぶやいている……きっと。