夏の思い出(父と息子)
記憶が正しければ15年ほど前のちょうど今頃、夏の初め頃に、
せみが羽化するところを、じっと見届けることがありました。
夕ご飯を食べ、太陽も沈みすっかり暗くなった後でした。
小学生の息子とふたりで、家の裏の小さな森にはいりました。
そこは近所では有名な、カブトムシやクワガタムシがいる森でした。
息子は虫かごとたもを持ち、懐中電灯で木の幹を照らしていました。
私は、息子を口実にしてカブトムシたちを探して楽しみ、
カブトムシたちを口実にして、息子との時間、兄貴分の気分を味わっていました。
そのとちゅう、羽化をはじめたばかりのせみに出会いました。「あっ」と小さく声が出ました。
それは木の根元で、幼虫の背から、透き通るような白っぽいせみが出てきているところでした。
しばらくの間、息子とふたり、目の前で羽化するせみにくぎづけでした。
ほとんど動かない、でもゆっくりと確実に、せみは立ちのぼってきます。
時間が静かに、神秘的に流れました。
ちょっと触っても終わってしまう危うさを前に、ふたりはただじっと見守っていました。
しばらくすると、息子は飽きて、ひとり家に帰っていきました。蚊にも食われました。
せみの姿を見届けて、私も帰りました。私もすこし食われました。
15年後の今朝、白っぽいせみと抜け殻が、浅い水たまりに横たわっていました。
手を合わせました。そして、彼らが私に、夏の思い出を連れてきてくれました。
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